京都の円山公園から高台寺、霊山歴史館に至る道|観光にはオススメ!

京都市内にある円山公園は、四条河原町から四条通をまっすぐ東へ歩いて行きます。

そしてどんつきにある、八坂神社から入ることも出来ます。円山公園は、昔は八坂神社の境内でしたが、明治初期の廃仏毀釈の一環として土地が没収されてその後、京都市民のための公園になりました。

円山公園のオススメコース

すぐそこに大きな池があり、春にはしだれ桜の大木がものすごく美しく咲くので有名です。

北へ向かうと、知恩院や青蓮院などの大寺院があって見どころ満載なのですが、ここからなんとなく長楽館を見ながら南に歩いて行くと、なかなか趣のある狭い道が続き、そして歴史を感じるお寺もあって、こちらもおすすめのコースです。

ここから近いところにある高台寺は、豊臣秀吉の正室、あの北政所お寧々さんが晩年を過ごしたお寺です。秀吉が亡くなった後、大坂城を出てその後落飾し高台院となった北政所には、家康が手厚い対応をしました。

北政所は、関白の正室の名称なので関白の夫人はだれでもそう呼ばれるはずなのですが、寧々さんの存在があまりに大きかったせいか、彼女以後は北政所は寧々さんだけをさすようになったということです。

秀吉は晩年、あれだけ側室をたくさん抱えて、しかも名家の姫君好きで鳴らしていました。そして最晩年に、淀殿が秀頼を産んでも、子供のない北政所を離縁もせずに添い遂げたのです。

 

高台寺は北政所お寧々さんのために作られた

また、方広寺の鐘に因縁を付けてまで大坂城の秀頼を滅ぼした徳川家康が、寧々さんには高台寺を建てて、大名並みの1万石の知行も増額して、手厚く遇したということは、寧々さんの存在が、まだ残っていた秀吉子飼いの大名たちにとっても、無視できない、いかにすごい存在だったか、また人間的に魅力のある人だったのではないかと思うのであります。

この高台寺は何度も火災にあったせいで、創建当時の建物はわずかしか残っていないのですが、霊屋のご自身の木像の下に、寧々さんが永眠されているそうです。

ここの坂が石畳になっていて、とても素敵な雰囲気で、ねねの道と呼ばれています。そしてここからまた南へ行くと、左手に霊山へ通じる坂道が見えてきます。

この霊山への坂道を上ると、明治維新、幕末の時代のファンならば、絶対に見逃せない霊山歴史館があります。そして霊山には、坂本龍馬と中岡慎太郎のお墓の他にも、桂小五郎こと木戸孝允、池田屋事件で殺害された久坂玄瑞らのお墓もあるのです。霊山護国神社には彼ら維新の志士たちが祀られています。

 

清水寺もすぐ近くにある

そして、ここを下ってさらに南へ行くと、清水寺です。また、この路線のバスはいつも観光客でいっぱいなので、がんばって歩いて七条まで行くと京都国立博物館があります。

ここの所蔵には、坂本龍馬の直筆の手紙のコレクションなどがあり、歴史ファンには見逃せないところです。

このお向かいには三十三間堂もあり、ここまで歩けばさすがに疲れてしまわれるかもしれません。でも、歴史ファンならば、京都に来てよかったという思いでいっぱいになり、そしてどっぷりと歴史に浸れた幸せを実感されることでしょう