広くて見どころ満載の「京都御苑」と「京都御所」のご紹介!アクセス方法は?

京都御所は、春と秋だけに一般公開されていましたが、2016年から月曜日と年末年始、行事のある時を除いて通年公開されています。

京都御所までのアクセス方法

アクセスは、地下鉄烏丸線で今出川駅下車すぐです。京都御所のある京都御苑は、西は烏丸通から、東は寺町通まで、北は今出川通から南は丸太町通まであり、
京都の街中にどんと広がっています。

ここはもちろん平安時代から朝廷があったところそのままの建物とは違います。長い歴史の間に、何度も火災で焼失して現在の位置にあるのです。

 

京都御苑の現在とその歴史

現在の建物は、安政年間に江戸幕府が建てたものです。京都御苑は、外塀があって名前の付いた門を入ると、新しい迎賓館が建っていたり、林のように木が植わっていたりする場所がありますが、古地図にもあるように、江戸時代はここに公家屋敷がたくさん立ち並んでいました。

その名残は、明治天皇生誕地の建物と、神泉苑で偲ぶことが出来ます。また、あちこちに井戸が残っているというのもその証拠でしょう。

江戸時代の公家さんは、失礼ながら困窮した生活をしていたので、色々な話が残っています。京都の町の物売りは、公家屋敷の前は速足で通ったとか、御所の近くに白梅図子という名前の通りがあるのですが、それをもじって「しらみずし」と言ったとか。

また、岩倉具視は今に残る写真を見ても面構えが公家の域を脱していますが、屋敷を博徒のばくち打ちに貸した、という話まであります。

公家屋敷は、現在の同志社大学のあたりにもありましたが、残っているのは有名な冷泉家だけで、後はみな同志社大学に売ってしまったのだと、土地の古老に聞いたことがあります。

また、明治の頃に記された江戸時代に代々公家に使えた侍の口述本を読んだときのことです。明治の初め頃に、こんな広い土地が無駄になっているのはもったいないから、桑畑にして蚕を育てて西陣の織物にすればどうかという案が出たそうです。

そして実行寸前に三条実美が京都へ来たので伝えると、ちょっと待てということで辛うじて残ったということでした。明治の頃は、全国のお城が維持できずに次々と廃城になった時代でありましたが、京都御所もそうなったかもしれないというのは興味深いです。

 

京都御所は通年公開中!

今では通年公開されているので、御所内の紫宸殿や小御所などの建物も見ることが出来ます。仙洞御所のお庭も公開されているようです。

尚、なんでこんなに塀が低いのかということですが、ほとんど盗みに入る人もいなかったということのようです。それは恐れ多いというよりも、やはり前述のように、困窮していることをみんな知っていて、盗むようなものがないと思われていたからかもしれないです。