兵庫で観光するなら日本のマチュピチュこと竹田城は外せない!オススメポイントを紹介中

兵庫県のお城といえば「姫路城」ですが、「竹田城」という名前を聞いたことは無いでしょうか。

数年前、GoogleのCMで竹田城について、少しピックアップされ「日本のマチュピチュ」といわれてブームとなりました。時期にもよるのですが、非常に神秘的であり、とても綺麗な場所なのでオススメポイントなどを紹介します。

竹田城について

先ずは竹田城について簡単に説明します。竹田城は、正式には「竹田城跡」であり、そこにお城は有りません石垣だけが残っている状態の観光地となっています。

場所は、兵庫県朝来市和田山町にあり、大阪市内から車で1時間~2時間ほどの場所あります。実は、このお城は築城について不明な点が多く、1440年ごろに建てられたお城だと言われています。

滅ぼされたのは、安土桃山時代だと言われており、毛利元就によって滅ぼされたとされています。城の主は羽柴秀長らとされていて、数人の名前が挙がっています。

国の指定史跡に設定されており、現在は地元並びにコアなお城ファンからの観光名所となっています。

 

なぜ日本のマチュピチュと呼ばれているのか

では、なぜ竹田城が日本のマチュピチュと呼ばれているのかについて説明します。
実は、ここのお城は、標高353.7mのところに建てられており、山の頂に位置している為マチュピチュと酷似していることから呼ばれているようです。

廃城から400年たった今でも、石垣がそのままの状態で残っており日本でも屈指の規模として有名です。また、秋から冬にかけて時期によっては城が雲海の上に来る時が有り非常に神秘的な風景を見ることができます。

通常でも、上から眺める景色は非常に素晴らしく綺麗な城跡となっています。

 

オススメのシーズンについて

竹田城から雲海が綺麗に見えるシーズンについて、雲海が出る時期は一年の通して9月後半から4月頃までとなっていますが、時間も決まっており明け方から8時ごろまでとなっています。

それでも、何時でも見れるかといわれればそうではなく、有る条件が重なった時に綺麗にみることができます。特に、11月末から、12月の上旬までは濃い雲ができるケースが多いようで、雲海を見るチャンスです。

ただ、時期によっては雪が積もっていることも多く、車で移動してくる際には注意が必要です。日本のロケーションでもこれほどまでに綺麗に雲海が見れる場所は少なく、通常は登山をしていかねばならない所を、比較的簡単に見ることができます。

皆さんも是非機会があれば見に行って下さい。

和歌山城がトップクラスの面白さである理由|ゆるキャラ「吉宗くん」とも会えるよ

私(筆者)は生まれも育ちも大阪府なのですが、子供の頃から歴史人物や地域の歴史が好きでよく調べていました。社会人になってからは、仕事や家事、育児のことでなかなか歴史を調べたりすることはできないのですが、時間に隙があれば、歴史のことを学んだりしています。

私が今までに調べたり、歩いたりした「城」の中で、好きな城のトップクラスに入っているのが、和歌山県にある「和歌山城」です。

「なんて地味な城がトップクラスに入っているんだ」と思ってしまう人もいるかもしれませんが、和歌山城には「素晴らしい歴史」があり、周りも情緒があります。

和歌山城とは?

まず、和歌山城のことを紹介していきます。和歌山城が築城されたのは「1585年」と言われています。この当時の和歌山城の普請奉行を務めたのが、「黒田孝高」と「加藤清正」らと並んで築城の名人として名が高い「藤堂高虎」でした。

私は、この藤堂高虎が歴史上の人物の中で一番好きです。そのことも関わっているのか、和歌山城が私の中でトップクラスにランクインしていることもあります。

1619年には、徳川家康の十男である「徳川頼宣」が入城し、紀州55万5千石の城になります。それ以降、徳川御三家のひとつである「紀州徳川家」の居城として、これまでに長い歴史を刻んできました。

和歌山城は「日本名城100選」のひとつに選ばれており、徳川家の中でも有名な「徳川吉宗」が育った城でもあることから、ご当地キャラクターとして「吉宗くん」がいます。

彦根城のキャラクター「ひこにゃん」よりは人気は劣りますが、タイミングがあえば和歌山城に行けば会える可能性があります。

 

和歌山城の見所

私が好きなのは「天守閣」なのですが、当時の天守閣は戦時中に焼失しており、現在の天守閣は、1958年に復元されたものです。

この和歌山城の天守閣から見る和歌山市街は絶景で、和歌山県の四方を見ることができます。

あと、オタク的な話になってしまうのですが、「城の石垣」も和歌山城の面白いところです。丸庭園前の石垣には、創建当時に造られた不規則で乱雑に組まれた「野面積み」という方式で石が積まれています。この野面積みで石垣を造ってある城はあまりなく、貴重です。

 

和歌山城は大人だけでなく子供でも楽しめる所

和歌山城の周りにも様々な店もあり、大人だけでも楽しめますが、子供連れのファミリーでも、入園料無料の和歌山公園動物園がありますので、お子様連れでも楽しむことができます。

和歌山にある灯台から水平線を臨み自然の雄大さを感じる大人女子の癒され旅♪(潮岬灯台・岬町観光タワー)

友達とツアー旅行をした時のお話です。JR新大阪駅からくろしお号に乗って向かった先は、串本です。串本駅に到着し、周辺にある観光地をバスで巡りました。

まず串本にある「潮岬灯台」へ行ってみた

まず行ったのは、白色が印象的な潮岬灯台です。

100年以上に渡り、沖を運行する船をずっと照らし続けてきたとの事。ところどころを見ると、古っぽさがあり、その長きにわたる歴史を感じさせられました。

内部にある68段もの螺旋階段を登り、上に到着してから外に出ると潮風が吹いていて、さすが、海のそばだと思いました。

潮岬灯台から車ですぐのところにあるのは潮風の休憩所です。無料の休憩所になります。トイレはもちろん、串本や潮岬の土地・海などを紹介する展示コーナーがあります。

一休みしている間に、この周りの土地の事が学べます。休憩所の近くにある本州最南端の碑も見てきました。

ここが、本州の最も南になるのかぁと思うと、何だか今この地に立てていることを
嬉しく感じました。だって、本州の一番南にいるんですよ、私たち。

 

岬町観光タワーから眺める太平洋は絶景!

次、訪れたのは、岬町観光タワーです。大人一人税込300円の入場料がいります。入場すると本州最南端訪問証明書がもらえます。

最上階にある展望フロアから潮岬を臨めます。広い太平洋の海を目の前にして、改めて本州の最南端にやってきたなぁと思いました。本州最南端の赤い郵便ポストがあり、とても印象的でした。

今回、一緒に行けなかった友達に、ここのポストから手紙を投函しました。これもまた、とても良い思い出になりました。隣には、売店と飲食店もありタワーに登る前に食事は済ませていました。

ちなみに飲食店は、券売機で購入するシステムです。

 

串本海中公園は和歌山の海が楽しめる場所

最後に串本海中公園に行きました。和歌山の海と水族館を楽しめる施設です。通路を歩いていると大水槽のトンネルにさしかかりました。海の生物たちが、泳ぐ姿を真下から見ることができます。

海中展望塔は、沖合140m、水深6.3mのところにあります。展望塔の急な螺旋階段を降りると和歌山の海で実際に泳いでいる魚たちと出会えます。

目の前には、他にサンゴや熱帯魚、青い海が広がっていました。今までに見た事のない珍しい魚も。施設には、水族館もありますが、もし行けるようなら、ぜひ海中展望塔へも足を運んでみてください。

水槽にいる魚ではなく、実際、海にいる魚たちを見られますから。澄んだ綺麗な青い海を見て、旅の疲れが、きっと吹き飛ぶことでしょう。

その後、宿泊するホテルに向かい夜は、更け行くのでした。

古都である奈良の魅力|歴史の深さと観光のしやすさがお勧めです!

私は奈良県に仕事で住んでいた期間があり、今は関西の違う県に住んでいますが、観光地としてすごく魅力的な県だなと思って評価しています。奈良と言えば奈良時代に都があったことから、歴史を感じさせるようなお寺が多いことで有名です。

日本の歴史を感じられる「東大寺」と「興福寺」

奈良の中でも東大寺、興福寺はかなり人気のスポットになり、外国からの観光客の方も多いです。東大寺は世界遺産にもなっており、奈良の大仏を始めとして国宝級の仏像が多く、日本の歴史を感じる上でも訪れることがお勧めのスポットです。

東大寺周辺には鹿がたくさんいて、歩いていると鹿に囲まれることもあります。鹿せんべいを購入してエサをあげることもできます。

興福寺は奈良時代から江戸時代に至る各時代の仏像・絵画が集められていて、ここも日本の歴史を感じる上でお勧めのスポットです。中でも阿修羅像が有名で、歴史の教科書などにも載っているために、この像を目的に訪れる人も多いです。

これだけ歴史のあるお寺が奈良駅から徒歩で行ける場所にあるのが魅力だなと思います。観光地の場合、一つのお寺を訪れて、次のお寺まではバスや電車を利用しなければならないところもたくさんありますが、奈良にはぎゅっと観光地がつまっていて、訪れやすいという印象を持っています。

 

お寺巡りの後は奈良公園で一休憩してもOK

またお寺だけではなく、奈良公園では鹿がのんびりと暮らしている姿を見ることができて、自然を感じることができます。入園料が無料となっているので、お寺を訪れたついでに立ち寄って休憩するという人も少なくありません。

桜の季節にはお花見を楽しむ人でもあふれていて、ゆったりとした時間を過ごすことができるスポットになります。

 

お寺以外にも「ならまち」への観光はオススメ!

この他におすすめのスポットはならまちです。ならまちは平城京時代の道を元として作られており、中世には東大寺や興福寺の門前町として栄えていました。今は町家の建ち並ぶ一角となっているのですが、情緒あふれる場所となっています。

友達と訪れ、自分でも訪れたのですが、町屋が並んでいる風景には癒しを感じますし、そこにあるカフェでお茶をしたり、お土産物屋さんにぶらりと立ち寄ると日常とは違う時間軸でゆったりと過ごせるように感じて良かったです。

ここで紹介した4つのスポットはどこも奈良駅から徒歩移動ができるので、一日で奈良を満喫したいという人にとっては、近い場所にこれだけの観光名所があり、とても嬉しいものだと思います。

お寺を見に行く、観光をするとなると京都という人も多いですが、奈良はそれに比べて観光客は少ないので、ゆったりとした癒しの時間を過ごすことができると思います。

そして昔奈良に都があったということを感じさせられます。

【和歌山】太平洋を間近に感じられる露天風呂「崎の湯」は絶景の温泉スポットでおすすめ!

和歌山県「白浜」と言えば、砂が鳴る白良浜の海水浴場が有名だと思いますが、実は温泉も有名なんです。その中でも地元の人には有名な温泉(観光客にはあまり有名ではないかも)太平洋を間近に感じられる露天風呂「崎の湯」を紹介します。

日本最古とも言われている崎の湯。本当に絶景なんです。目の前に広がる景色は最高です。

崎の湯へのアクセス方法

崎の湯がある場所は、和歌山県西牟婁郡白浜町湯崎1668です。白良浜や白浜エネルギーランドからも近いです。車で行くことをおすすめしますが、駐車スペースもあまりないので、いっぱいだった場合は空くのを待たないといけないかもしれません。

 

崎の湯は太平洋を眺められる絶景の温泉スポット

この温泉、何がすごいかと言うと太平洋の波を浴びながら温泉に入ることができるんです!しかしパッと見、温泉だと気づきません。公衆トイレと勘違いしてしまうくらいひっそりと建っています。

露天風呂の建物の横に小屋みたいな受付があるだけで初めて行く人には、ここが温泉?と不安になりそうなくらい地元感満載の温泉です。

温泉施設の中には脱衣場がありますがロッカーではなく、カゴが並べられているだけで貴重品などは車に置いてきてください。扉をあけると露天風呂と太平洋が広がっています。洗い場はありません。

もちろん、シャンプーや石鹸は禁止です。本当に湯船に浸かるだけです。でも、目の前に広がる太平洋を見ながら、太平洋の波を浴びながら入る温泉はここしかありません。

波の音を感じながら自然の中でゆっくり湯船につかる、開放感がたまりません。1度入ると病みつきになること間違いなしです。

温泉の中は二段になっていて、手前側には屋根がありますが、奥側(海に近い方)には屋根がないので雨の日は過酷な温泉になると思います。どうせ行くなら晴天の海が綺麗なときに行ってほしいです。

温泉の温度は39℃から45℃。手前の方がぬるめになっていて波がかかる海の方が温度が高めになっています。

 

崎の湯の入浴時間と入浴料

入浴料金は500円で年中無休です。しかし、太平洋を見ながらの露天風呂なので、夜は営業していません。季節によって営業時間が違うので、行く前に必ずチェックしてください。

  • 4月1日~6月30日/9月1日~9月30日 8:00~18:00
  • 7月1日~8月31日 7:00~19:00
  • 10月1日~3月31日 8:00~17:00

朝早くからも営業してくれているので、朝一で行くと太平洋を独り占めできるかもしれませんね。

白浜に旅行した際にはぜひ、崎の湯に浸かってかえってくださいね。旅の思い出にになること間違いなしです。

滋賀にある「彦根城」の歴史~天守が現存して現在まで受け継がれている名城~

彦根城は、井伊氏の拠点として建てられた平山城です。城が建てられた彦根山が金亀山と異名を持っていたため、金亀城(こんきじょう)ともいわれてます。

1600年の関ヶ原の戦いの後、徳川四天王の一人井伊直政はその功績により、徳川家康より近江北東部18万石を与えられました。最初は、佐和山城に入城しましたが、佐和山は石田三成の居城であったこともあり、琵琶湖岸の磯山(現在米原市)に井伊直政により築城を計画されました。

1604年に彦根城の築城が開始する

しかし、直政は関ヶ原の戦いの怪我がもとで1602年死去したため、直継により引き継がれました。引き継がれた際、直継は幼少だったため、家老の木俣守勝が遺志を引き継ぎ琵琶湖に面した彦根山(現在の彦根市)に1604年築城が開始されました。

築城には、奉行3名つけられ尾張藩など15大名が手伝いを命じられるなど天下普請で築城されました。

築城に際しては、天守は大津城から、天秤櫓は長浜城から移築され、その他佐和山城などから資材が運びこまれ築城に用いられ築城されました。そのため、わずか2年で天守が築城されました。

1606年には2期工事まで完了し、直継が入城しました。1616年からは彦根藩のみで3期工事が開始され1622年には全ての工事が完了されました。

 

彦根城が築城された目的

彦根城は攻め落とし難い城として建てられました。その目的の一つには、江戸幕府より天皇を匿う命を受けていたからです。

また、江戸幕府の西国への備えも担っておりました。徳川の統治下の江戸時代には、軍事施設という役目は終えていきました。1854年には、天守櫓の大修理が行われ、その際石垣の半分は積みなおされるなど改修をしております。

井伊氏は加増を重ね、石高30万石となりました。そのほかにも、5万石が幕府から与えられていたので譜代大名最大の35万石となりました。幕末には、大老となった井伊直弼も藩主となるまで、この城の城下で過ごしていました。井伊氏14代の居城として彦根藩は、明治まで存続しました。

 

彦根城は廃条例を逃れた城である

明治になると、多くの城が廃条令により、取り壊し、売却されましたが、明治天皇の命により彦根城はその危機をのりこえ現在でも天守が現存する城となっています。

昭和時代には、観光のシンボルとしてソメイヨシノの苗木が植えられました。1944年に井伊家から彦根市へ彦根城及びその一帯が寄付されました。

1952年に天守と附櫓及び多聞櫓の2棟が国宝指定されています。また、馬屋は重要文化財指定物として稀少な存在であります。

現在は世界遺産登録に向けて、彦根城世界遺産登録推進委員会が設置されています。

奈良に行くなら大仏様の東大寺!四季それぞれで楽しいイベントが満載♪

奈良に観光に行くなら外せないのは東大寺!やはり一目奈良の大仏様を拝まなければね。東大寺の歴史は古く、奈良時代に建立されています。この東大寺、建立当時は仏教界のリーダーであり学問寺として繁栄していたようです。

ここでは、東大寺の特徴について紹介していきます。

東大寺にある大仏の特徴

大きな大きな大仏様は15メートル近く(座高)重さは250トンもあります。大仏殿では写真撮影できますが三脚は禁止ですのでご注意ください。

大仏様の正式名称は盧舎那仏像(るしゃなぶつぞう)といい、宇宙そのものの象徴であるといわれています。大仏様はお決まりのポーズをとっていますが、これは左手で宇宙を表し、右手で慈悲を表すといわれています。ありがたく拝んできましょう。

 

東大寺ではシーズンに合わせて様々なイベントを開催中!

東大寺は南大門・大仏殿、法華堂、二月堂、三月堂、戒壇堂、開山堂、勧進所など各見どころがあります。東大寺の敷地は広いので観光のための時間は余裕も見ておいたほうがいいでしょう。

東大寺ではいろいろな年中行事が行われますので、それに合わせて訪れるのも楽しみです。

  • 12月:除夜の鐘はテレビで放映されますので人気です。除夜の鐘をつくには整理券が必要ですからならびましょう。
  • 2月:節分祭がありますよ。
  • 3月:お水取り・・・東大寺のお水取りで春が来る!といわれており大人気です。お水取りは1250年も絶やすことなく続けられているもので、松明がねり動く様子は圧巻です。
  • 4月:仏生会・・お釈迦様の生まれた日に甘茶をいただけます。
  • 8月:大仏様のお身ぬぐいがあり、よくテレビで取り上げられますね。当日は120人もの僧侶が参加してお掃除をするそうです。お盆は万燈供養。数えきれないほどの灯が見事です。
  • 10月:秘仏が公開されます・・・毎年10月5日。

四季を通じ行きたくなるお寺ですね、は東大寺は奈良観光のいちおしです。

 

東大寺へのアクセス方法

東大寺へは近鉄奈良駅で降りれば徒歩でも20分くらいです。途中の店を冷かしながら歩くのもよし、バスも良し。マイカーの方は近くの有料駐車場利用になります。近くにはシカがたくさんいて都会生活の人はびっくりです。

この際童心に帰ってシカせんべいを上げてみては???こっそり・・・人間様が食べてもまずいですよ~。

歩き疲れたら門前のお店で甘いものを食べたり茶粥に挑戦して奈良気分たっぷり味わってください。東大寺の近くは春日大社や奈良国立博物館がありますので、歴史に興味のある方でしたらあっという間に時間が流れてしまいます。

お財布に余裕があれば歴史・気品ある奈良ホテルに宿泊したいものです。

奈良に行ったら絶対食べたい!「高速餅つき」で有名なお店「中谷堂」の絶品よもぎ餅

先日、奈良で同窓会に参加したときのこと。帰り道に、奈良を訪れたときにいつも立ち寄る「中谷堂」に寄り道をして、おやつを食べました。

「中谷堂」。テレビ東京「TVチャンピオン」の「全国もちつき王選手権」で優勝した、絶品よもぎ餅のお店です。「高速餅つき」で有名で、関西ではテレビ番組でもたびたび取り上げられています。

今回はそんな「高速餅つき」で有名な「中谷堂」へ実際に行ったお話をしていきます。

中谷堂へ行ってみたが…

近鉄奈良駅から徒歩5分ほど、東向商店街を南にぬけて、三条通りを東に少し行ったところにお店があります。

私が今回訪問したのは日曜日の午後でしたが、お店の周りは人だかり。もしかしたら、高速餅つきが見られるのでは!?と思いましたが、どうやらタイミングを逃してしまったようで、ちょっと前に終わってしまったとのことでした。

お店の前は、写真を撮る人やお店を覗き込む人等で雑然としていて、行列がどこかわかりませんが(昨年訪問したときもそんな感じでした)、なんとなく列っぽいところに並びます。

 

実際に「高速餅つき」されたお餅を食べてみると…

前に10人ほど並んでいても意外とあっという間に進み、数分で自分の番になりました。お店の方に欲しい「よもぎ餅」の個数を伝えます。てきぱきした店員さんにこちらがあわあわしながら、夫と自分の分の2つを購入。

よもぎ餅、その場で食べる用のものは、紙ではさんだだけの状態で手渡されます(今回は買いませんでしたが、お土産用のパック売りもあり)。やはりつきたて。ほんわりあたたかくて、もわっと感動的なやわらかさです。頬張ると鼻を抜けるよもぎの香りも素敵です。

中には、甘すぎず甘くなさすぎず、ちょうどよい甘さの粒あん。お店のホームページによれば、餅つきだけでなく素材にもこだわっており、よもぎ餅には「『佐賀県産』のひよくもち米、『北海道十勝産』の中でも上質な小豆、国産きな粉、『愛媛県宇和島産』のよもぎの新芽を用いている」とのこと。

いくつでも食べたくなる美味しさです。

 

残念ながら餅つきの時間帯は決まっていない

餅つきの時間は決まっておらず、高速餅つきが見たい方は当日お店まで行って、次はいつなのか聞くしかないそうです。餅つきはタイミングが合わないと見られませんが、日曜日などの多い日は1日に30回ほど餅をつくそうなので、いつもつきたて餅がいただけます。

奈良に行ったら、絶対に寄りたいお店です。

【お店の名前】中谷堂
【住所】〒630-8217 奈良県奈良市橋本町29
【TEL】0742-23-0141
【FAX】0742-23-0141
【営業時間】10時00分~19時00分
【交通アクセス】近鉄奈良駅より徒歩5分
【お店のホームページ】http://www.nakatanidou.jp

和歌山にある日本の仏教の聖地「高野山」の寺院とその歴史

高野山は和歌山県伊都郡高野町にあり、周囲を標高1000メートル級の山々が囲む場所を指します。高野山は標高800メートルに位置しており、日本の仏教の聖地として崇められており、観光客も多く訪れます。

現在ではユネスコの世界文化遺産に登録されるなど、日本を代表する歴史と文化を持った場所です。今回は高野山のお寺とその歴史についてご紹介します。

高野山が仏教の聖地として発展した由縁

まず、高野山の読み方についてですが、正しい読み方は「こうやさん」です。「たかのさん」ではありませんのでご注意ください。続いて、高野山が日本仏教の聖地として発展したその由縁を紐解いていきましょう。

遡ること役1200年、平安時代の天皇である嵯峨天皇より弘法大師として名高い、空海という僧侶に高野山を下賜します。これがすべての始まりで、空海は高野山を開きました。空海は真言宗と呼ばれる宗派の開祖で、当時はまだ新しい宗派でした。

そこで空海は真言宗の僧侶の修行の場所として高野山を利用します。その後、高野山は順調に日本仏教の中心地として発展します。

戦国時代には一時期、織田信長などと敵対し、僧侶が殺害されたり、高野山攻めが行われることがありましたが、織田信長の死去によりなんとか難を逃れることができました。しかし、戦国武将には高野山信仰が広まり、多くの戦国武将の墓が作られました。

 

高野山に生まれたお寺「金剛峯寺」

次に高野山のお寺についてです。高野山は寺院を中心とした都市となっています。その寺院が金剛峯寺です。山まるまるひとつが金剛峯寺の境内とされており、一山境内地と呼ばれています。まず、壇上伽藍と呼ばれる場所があり、高野山における聖地のひとつです。

主に中門や金堂、西塔、御影堂などの歴史的な建築物が並び、高野山の中枢を担っています。金剛峯寺の仏教行事はほとんどが壇上伽藍で行われます。

さらに、壇上伽藍のほかに奥の院と呼ばれる、もうひとつの聖地があります。奥の院には高野山を開いた空海の御廟があり、空海最期の地であるとされています。しかし、中には空海は現在も生きていると考えている者もいるそうです。

 

高野山には国の重要文化財が指定されたものばかりがある

また、金剛峯寺には徳川家の霊廟があることをご存知でしょうか。徳川家の初代将軍である徳川家康と、二代目将軍である徳川秀忠の霊廟、合わせて二つがあります。この二つは国の重要文化財に指定され、世界遺産に含まれます。

さらに、高野山には国宝や文化財が多くあるため、それらを守り、展示する高野山霊宝館があります。国宝、重要文化財など合わせて50,000点が収蔵されており、一般の人でも見学することができます。

滋賀の国宝「彦根城」徳川四天王のひとり井伊直正の意志を受け継いだ城

彦根城(ひこね じょう)は、滋賀県彦根市金亀町に位置しているお城です。明治の廃藩置県が行われるまで当地を治めていた彦根藩の居城として使われていました。

ここでは、彦根城の概要やその起源について紹介していきます。

彦根城は「国宝」に指定されている

全国に12城のみが残る現存天守の内のひとつに数えられるお城で、天守や附櫓、多聞櫓は国宝にも指定されています。城跡は特別史跡として、琵琶湖国定公園第1種特別地域にも指定されています。

天守が国宝に指定されているお城は、全国に他に5つ、犬山城、松本城、姫路城、松江城があります。

 

彦根城の概要

彦根城は、江戸時代の初めに、今の滋賀県彦根市金亀町にあたる彦根山に、西日本に睨みを利かせるべく、徳川家重臣の井伊家が拠点として築かれた平山城(標高50m)です。

彦根山は別名「金亀山(こんきやま)」とも呼ばれているため、お城も金亀城(こんきじょう)とも呼称されています。江戸時代に譜代の家臣として、数多い大老を輩出した井伊氏の14代に渡る居城として栄えました。

多くのお城が明治に入り廃城令に伴って破却される中、その難を逃れ現在でも天守が現存する稀有なお城となりました。通説によると、明治の政治家・大隈重信が行った上奏によって建物が保存されることになったとも伝えられています。

国宝でかつ世界遺産に指定されている姫路城と並んで、往時の遺構を遺している城郭となっていますが、1992年に日本における世界遺産の暫定リストに挙げられつつも、世界遺産の登録の厳格化が推進されたこともあり、以後の推薦は実施されていません。

 

彦根城の起こり

徳川家康を支え、後に徳川四天王の一人に数えられた武闘派の武将・井伊直政は、1600年(慶長5年)の関ヶ原の戦いに際して武功を挙げ、18万石の近江国北東部に領地を与えられて、この地を豊臣時代に領していた石田三成の居城・佐和山城へと入りまいた。

佐和山城も「三成に過ぎたるものが二つあり、島の左近に佐和山の城」とも謳われ、音に聞く名城でしたが、直政は、戦国期の縄張りであったこと・三成の居城であったことなどを理由に新しい城を築くことを欲していたと伝わっています。

この新しい城の候補地が、琵琶湖岸に近い磯山でした。しかし計画半ばで、関ヶ原の戦で受けた傷が元となり1602年(慶長7年)に死去します。

直正の死を受けて井伊直継があとを継ぎますが、幼少だったこともあり、直政の家老を務めた木俣守勝が徳川家康と談判したと言われています。

結果、直政の遺志を受け継いで、1603年(慶長8年)に琵琶湖に面した彦根山に新しい城となる、彦根城の築城に着手したと伝わっています。