大阪の花博記念公園鶴見緑地の歴史とおすすめについて!

大阪にある花博記念公園の歴史とおすすめスポットを紹介していきます。

花博記念公園ができるまで

平成2年4月、大阪府では42年ぶりとなる国際博覧会「国際花と緑の博覧会」が大阪市鶴見区で開催されました。当時としては史上最高の83ヵ国、55国際機関が参加して、世界一の大博覧会になりました。

しかし、国際博覧会開催の翌日には会場内を遊覧することができた「ウォーターライド」の転落事故が発生してしまいます。それ以降もトラブルが続き、「事故博」とも揶揄されるほどになってしまいました。

事故博と揶揄されたのが逆に知名度を上げ、結果的に9月末までには目標であった2000万人を越えて「約2300万人超」の人が訪れました。この成功の背景には、これまで行われてきた花博と一線を画していたことにあります。

環境問題を共に考えようと花博が掲げたテーマは「自然と人間との共生」。このテーマは、博覧会国際事務局も追随し、1994年の総会で「現代社会の要請に応える、今日的なテーマ」だと有することを条件に掲げました。花博の成功は、博覧会の歴史を変えたと言っても過言ではありませんでした。

花博記念公園ができるのは、「国際花と緑の博覧会」が閉幕後です。花博が開催されていたのは「鶴見緑地」という広域公園で、1970年4月に開園しました。博覧会閉幕後に公園施設の再整備や新規開設を進め、現在では花博を冠にした「花博記念公園鶴見緑地」の呼称になりました。

 

花博記念公園鶴見緑地のおすすめ

花博の閉幕後も各国のパビリオンを利用して、乗馬場や球技場、運動場、温水プール、パークゴルフ場など様々なスポーツ施設を整備しており、花博の時の国際庭園はそのまま保存しています。

創立から40年近く経っているので「老朽化」が心配されていますが、「この状態が逆にいい」というコスプレイヤーが撮影に利用され、現在では若者の人気スポットになっています。

自分的には、花博記念公園鶴見緑地のおすすめと言えば「街のエリアにある風車」です。

この風車は、花博記念公園鶴見緑地のシンボル的な存在なのですが、「風車の丘」と呼ばれている場所にあります。

風車と聞くと「オランダ」と思う人も多いと思いますが、この風車は、オランダから設計図を取り寄せて建築されたもので、花博が開催される前から存在していました。この風車の下には、たくさんの「季節の花畑」が作られており、時期によって「チューリップ」「ひまわり」「サルビア」「コスモス」など季節ごとに草花の景色を楽しむことができます。

大阪にある「岸和田城」の歴史と庭園(八陣の庭)について紹介!

大阪にある「岸和田城」。馴染みのある人も居るかもしれませんが、ここでは岸和田城の歴史とその庭園の造りについて紹介します。

岸和田城の歴史

1334年(建武元年)頃に和田高家が築いた城が岸和田城の基になったと考えられています。

これは当時、和泉国守護を務めていた楠木正成が、一族の和田高家を使って城を築かせたものと伝わっており、今の岸和田城址から東側に約500mほど離れた場所に築城されたようです。

その場所から今の場所へ移った時期などは判明していませんが、後に信濃泰義の手によって移築されたものと推測されています。

1577年(天正5年)には織田信長の紀州征伐に伴い、紀伊方面の抑えを任された織田信張が佐野砦に置かれた後、信張が岸和田城へ入ったと伝わっています。

1582年(天正10年)には、織田家家臣の蜂屋頼隆が領地を拝し、岸和田城を居城としました。以後、豊臣秀秀吉の治世時には、中村一氏が入城し、根来衆、雑賀衆、粉河衆などの一揆を起こした衆への討伐が命じられました。

小出秀政が城主となり、5重の天守を備えた城に拡張されたと伝わっています。この天守は1872年に火災で焼失、今の連結式望楼型3重3階の天守は1954年(昭和29年)に復興されたものです。

 

江戸時代の岸和田城

1614年(慶長19年)の大坂冬の陣時には松平信吉が城主を務めました。後に北条氏重、小出吉英と替わり、1619年(元和5年)には松平康重が入城したようです。

更に1682年(寛永8年)に伏見城の破却に伴い、その矢倉などの移設が行われた城郭の補強が図られました。

1631年(寛永17年)に高槻城より転封された岡部宣勝が城主となり6万石を領しました。この後明治まで、岡部氏が13代続いて納めることとなりました。

ちなみに、全国的にも有名な「岸和田だんじり祭り」は、岡部氏の三代目城主の長泰が、城内の三の丸に伏見稲荷神社を設け、五穀豊穣を願う行事に領民達の参加を許可したことが起こりとされています。

 

岸和田城庭園(八陣の庭)

岸和田城庭園(八陣の庭)は昭和28年、昭和における代表的な庭園研究家の重森三玲(しげもりみれい)氏によって、設計・作庭された砂庭式の枯山水庭園庭園です。

この庭園は、上・中・下の3つ部分に分かれており、その中心に石組みが配され、それを中心とした8つの石組み(天・地・風・雲・鳥・蛇・龍・虎)が配されたデザインとなっています。

これは、中国の三国志の名軍師として知られる諸葛孔明の「八陣法」をモチーフにしたものとなっています。平成26年に国の名勝の指定を受けた庭園です。

大阪府高槻市にある淀川北岸最大級の古墳「今城塚古墳」の歴史を紹介!実は砦として使われていた!?

今城塚古墳は淀川北岸では「最大級の前方後円墳」になり、国史跡に指定されています。今城塚古墳という呼び名は、この古墳が戦国時代では「砦」として使われいたことが由来だと言われています。

「砦」として使っていたのが「織田信長」

1568年、織田信長が三好家を攻めるために摂津侵攻した時に城砦を築いたとされています。発掘調査の結果、1596年にあった「伏見大地震」によって崩れたと現在は言われています。

古墳の規模は、全長で約350m、墳丘の長さが約190m、前方部分の幅が約148m、高さ約12m、後円分の径が約100mとされています。

今城塚古墳の堀

かつては、墳丘や内堤の周りには「ハニワ」をめぐらし、二重の濠を持ち、広大な墓域を誇っていました。古墳が構造されたのが「6世紀前半」と言われており、古墳からは「高さ約1.7mの日本最大級の家形埴輪」や「鎧姿の武人埴輪」などが出土しています。

 

20年以上前の発掘調査で古墳の形状に変化が生まれている

1997年11月に発掘調査が始まりましたが、その発掘調査が伴って「古墳の形状に変化」が起きてしまいました。2004年頃から史跡公園として整備工事が行われ、2005年に行われた「周濠の水抜き」で、一時古墳一帯の周辺は立ち入り禁止になりましたが、古墳は大きな変化が見られるようになりました。

2004年までは外濠に水が満たされていたため、濠には「釣り用の足場」が組まれており、季節を問わず釣り人が糸を垂らす姿が見えていたが、2005年3月31日より閉鎖されてしまい、魚釣り禁止になりました。

古墳公園が整備される前と今を比べると、濠を囲む堤や内濠、外濠などは、元々あった姿から大きく変化していますが、墳丘自体には大きく手を加えられてはいないようです。

 

現在は「史跡公園」と「歴史館」がオープンしている

2004年から整備されてきた史跡公園は、2011年に完了し、同年4月には一般公開されるようになりました。その時に「今城塚古代歴史館」も同時にオープンしました。

今城塚古代歴史館には、埴輪や石棺の展示品や体験学習コーナー、はにたん観光情報コーナーなどがあります。はにたん観光情報コーナーでは、様々な高槻市の名産品が販売されており、自分がおすすめするのは「日本酒」です。

高槻市の原地区で製造されており、注文が殺到して1ヶ月待ちになったほどの代物です。

今城塚古墳公園は、今城塚古代歴史館から2、3分歩いたところにあります。今城塚古墳の前には埴輪祭祀場があり、さらに手前には古墳と模型が実物と同じように作られています。

埴輪祭祀場は、埴輪祭りを再現しており、家や大刀、盾、人物、動物など190点ほどの埴輪が発掘調査で確認された場所で復元されています。

【大阪】万博記念公園ができるまでとその後について。歴史を辿ってみよう!

現在の日本では、2025年に開催を目指す「国際博覧会」があります。日本の首相である安倍首相も前向きであることから、2020年の東京五輪後の一大イベントとして国際博覧会の招致をしているところです。

日本で初めて開催された万博

日本で初めて万博が開催されたのが、1970年の「日本万国博覧会」です。この日本万国博覧会は大阪府で開催されたことから「大阪万博」と呼ばれるようになりました。

大阪万博は、1970年3月15日から9月13日までの183日間開催され、77ヵ国と4つの国際機関が参加する万博になりました。会場内には、116もの展示館が建てられており、国や団体ごとで様々な展示が行われ、入場者数「約6400万人」になったと言われています。

大阪万博は、大阪府吹田市にある「万博記念公園」がある場所で開かれ、現在は公園のシンボルでもある岡本太郎作の「太陽の塔」が建っていますが、その当時は大阪万博のシンボルとして建設されました。

大阪万博閉幕後

大阪万博が閉幕後、様々な形を経てから現在の「日本万国博覧会記念公園」として整備されます。今では周辺には日本最大級の大型複合施設である「エキスポシティ」がありますが、従来からの公園としての利用も可能で「自然文化園」や「日本庭園」「博物館」などが構成されています。

万博公園にある木々の様子

万博記念公園は非常に広大で、「これだけ広い土地を万博で歩いていたのか」と思ってしまうほどです。大阪万博から約50年近く経っていますが、周辺は現在も進化を続けており、その時代によって楽しむことができるようになっています。

万博記念公園の中でもぜひ行ってほしいところが「日本庭園」です。日本庭園は、大阪万博が残した大きな財産のひとつです。自分的には太陽の塔と匹敵するくらいの万博記念公園の象徴だと思っています。

日本には、数多くの日本庭園が存在していますが、万博記念公園の日本庭園は、世界各国の国から注目を集めることから「日本の造園技術が結集して造られた庭園」です。古代から中世、近世、現代と4つの時代の庭園の様式を取り入れており、水の流れと日本文化ならではの、わびさびの世界を堪能することができます。

万博記念公園には、毎年、様々なイベントが行われており、「ニューイヤーフェスタ」や「梅まつり、桜まつり、紅葉まつり」、「イルミナイト万博」など1年中を通して、万博記念公園を楽しんでもらえるように開催されています。

大阪の串カツ店舗が迷ってしまう人にオススメ!ぜひだるまへ!

大阪のグルメといえばたこやき、お好み焼きも有名でとても美味しいんですが、私は串カツが大好きです。お店はたくさんいろんな場所にあるので迷ってしまうと思います。私は基本的に道頓堀や梅田周辺を行くことが多いです。

オススメの串カツ屋は「だるま」

串カツといえば梅田にある「松葉総本店」、「いっとくやじゃんじゃん」、「だるま」など聞いたことあるお店は沢山あります。その中でも大阪に行って串カツを食べるといえば「だるま」に行きます。

梅田によく行くので、ルクアの中にある「だるま」に行きました。行きつけの美容院があって、そこの美容師さんにおすすめの場所を聞いて行きました。

そこまで広くはないお店でテーブルとカウンターがありました。私はカウンターに座って食べました。串カツで有名なのはソースは2度漬け厳禁です。大阪の人にとっては当たり前で食べる前にも店員さんに注意を受けました。

 

串カツを頼むとまずはキャベツが出てくる

早速串カツを頼みました。待ってる間キャベツを出してくれます。キャベツは串カツばかり食べていると胃もたれするので、間にキャベツを食べながら串カツを食べています。キャベツを食べるのは人それぞれでいいと思います。

私は胃もたれ防止として食べています。

キャベツはそのまま出てきます。ドレッシングで食べる訳ではなくソースにつけて食べます。キャベツも1度漬けで食べます。普通のキャベツなのに串カツを食べながらキャベツ食べると美味しいです。

 

だるまで串カツを頼むなら「元祖串カツ」は外せない

串カツでオススメなのは豚かつ、天然えび、牛タン、レンコンやチーズは必ず食べます。さらに元祖串かつは最初に食べてほしいなと思います。レンコンは食感がとてもいいです。

頼む時に一気にたくさん頼んでしまうとテーブルの上がいっぱいになってしまうので気をつけてください。さらに熱々の方が美味しいので5本ずつくらいで頼むといいと思います。お酒と一緒に飲むのをオススメします。ピッタリです。

猫舌の人は出てきた時熱々なので、舌を火傷しないように気をつけてください。

 

だるまは大阪の様々な場所に店舗を構えている

だるまはたくさんの場所にあります。梅田以外にも道頓堀にあるだるまにも行きます。そこには大きな看板のおじさんがいます。ちょっと怖めな顔のおじさんです。とても有名なので今流行りのインスタ映にもなると思います。ぜひ写真を撮ってほしいですね。

そこのお店は1階はカウンターで2階はテーブル席になっています。梅田よりも広い店舗なのでお客さんの回転も早く、並んでいてもすぐに入れます。

人気店なので有名人のサインが沢山ありました。串カツもどれも美味しいので自分に合った好きな串カツを存分に味わって欲しいです。串カツのお店で迷ったらぜひだるまに行ってみてください。

大阪城は3大武将(織田信長・豊臣秀吉・徳永家康)が関わった素晴らしい歴史がある!

小学校で習った3大武将というと「織田信長」「豊臣秀吉」「徳川家康」ですが、その中で日本国初めての天下統一を果たしたのが「豊臣秀吉」です。

その豊臣秀吉が建てた「大阪城」は、430年以上も大阪に鎮座しています。その年月が示す通り、大阪城には深い歴史があります。

大阪城が建設されるまで

大阪城が建設されたのは「1583年」のことです。大阪城が建設されるまでの土地には、浄土真宗本願寺である「石山本願寺」というお寺が存在していました。

石山本願寺の11代目宗主である「顕如」の時代には、有名大名ほどの財力を持っており、そこに目をつけたのが織田信長でした。

軍資金援助には応じたものの、石山本願寺の立ち退き要請に我慢ならず、織田信長に反旗を翻します。織田家と本願寺が約10年にも渡る合戦を繰り返し、最終的に顕如が織田信長にこの土地を明け渡すことになります。

その織田信長が明智光秀に本能寺の変で討ち死にをして、あれやこれや事件があり、豊臣秀吉が天下を統一します。その時に築いたのが「大阪城」です。

大阪城の周辺は「貿易の拠点」「川や海に囲まれており、城を守りやすい」というメリットがたくさんあり、織田信長が本能寺で討ち死をしていなければ、織田信長も大阪城を築いていたかもしれませんね。

 

大阪城が建設されてから

1583年に豊臣秀吉が建設を開始してから約15年で豊臣政権が終わってしまいます。完成した大阪城は、織田信長が建てた「安土城」より圧倒的な造りでしたが1,600年、関ヶ原の合戦で徳川家康軍が勝利し、政権を握るようになりました。

「豊臣政権根絶」とばかりに、大阪城へ2度も攻め入り、大砲などで塀や堀を打ち崩し、城は放火により、無惨にも原型がとどめることなく、焼け落ちてしまいます。

1620年に「徳川幕府」が大阪城の再築を開始します。時代は「江戸時代」に入り、2代目将軍「徳川秀忠」が再構築を始めました。新しい大阪城が完成したのが1629年3代目将軍「徳川秀光」の時でした。「豊臣秀吉が造った大阪城のまま再構築したのか」というとそうではありません。

その当時の大阪城は、豊臣秀吉が造った大阪城とは似ても似つかない、築城している物も違うし、元の大阪城より豪勢なお城に建設しました。なぜ、元の大阪城と似ても似つかない城にしたかというと、徳川家が「西日本の支配を確固たるもの」にするために行われました。

 

現在の天守閣が復興したのは20世紀に入ってから

豊臣秀吉の時よりも豪勢な城を築くことで、西日本にある「秀吉の影響」を排除しようとしたのでしょう。しかし、せっかく蘇った大阪城も1665年には落雷で天守閣が焼失してしまいます。大阪城は天守閣がないまま、約266年間存在していました。

天守閣の復興開始したのが1930年。大阪市民からの募金で現在の大阪城が完成しました。

現代と悠久の歴史を感じられる旅「大阪周遊ツアー」

飛行機で降り立った先は、関西国際空港です。せっかく関空に来たのでぶらっと観光することにしました。

まずは「関空展望ホールスカイビュー」に!

旅客ターミナルから無料バスに乗り込み向かった先は、関空展望ホールスカイビューです。メインホール3階にあるスカイミュージアムへ行きました。スカイミュージアムでは、関西国際空港ができるまでの歴史を学べます。

また、空港で働く人々の仕事を紹介したり体験できるブースが、いくつかありました。その中の一つ、シミュレーションでグランドハンドリングのお仕事を体験できるブースに立ち寄りました。

グランドハンドリングの一つが、航空機の誘導です。航空機が、着陸した後、駐車場まで誘導するのです。シミュレーションだから簡単にできるだろうと思っていました。

しかし、実際に体験してみると、なかなか航空機をうまく誘導できません。停止線で飛行機をちゃんと停めることができないのです。良い経験ができました。

他には、実寸大のコックピットがあるコックピットシミュレーターの体験です。気軽にパイロットになった気分を味わえます。

職業体験をしたいお子様だけでなく大人にもオススメのスポットです。

 

スカイデッキからの眺めは最高!

その後、5階に上がると、スカイデッキがありました。スカイデッキには、屋上公園がありました。

360°パノラマ展望が楽しめ、多くの航空機の離着陸を間近で見る事ができます。関空展望ホールスカイビューを後にした私たちが、次に向かったのは、りんくうプレミアムアウトレットです。まるで南国のリゾート地を表現したかのような建物が、立ち並んでいます。

ここでは、ショッピングやグルメを楽しめます。関西国際空港から直行バスが運行されておりアクセスは、とても便利です。Sea Sideエリア2階の遊歩道を歩いていると対岸にある関西国際空港を見ることができました。

 

りんくうタウン駅から住吉大社へ!

今度は、電車に乗るのにりんくうタウン駅へ向かいました。次、目指す観光地は、住吉大社です。南海本線住吉大社駅からすぐのところにあります。

地元大阪の人に「すみよっさん」の愛称で親しまれています。お正月三ヶ日の参詣者数は、毎年二百万人。全国約2,300社余りの住吉神社の総本社です。

1,800年以上の歴史があり由緒深く、信仰の篤い神社でもあります。住吉大社の入り口に大きな鳥居があります。鳥居をくぐる前に軽く一礼してから歩いて行くと反橋があります。

反橋(そりはし)は、歩いて渡るだけでお祓いになると信じられています。また、真横から見ることもでき、通称で太鼓橋とも言われています。一般的に良く見かけるような、まっすぐな橋ではなく、名称の通り、とても反っています。

本社境内から少し歩いた末社大歳社の敷地内に、おもかる石と呼ばれる霊石があります。願い事が叶うかどうかを占えます。

二拝二拍手一拝した後、石を持ち上げて重さを確認します。次、石に手を添え願い事をします。もう一度、石を持ち上げて軽く感じられれば、その願い事は、叶うと言われています。

大阪市内はもちろん市外にも多くの観光地があります。現代と悠久の歴史を感じられる旅に出かけませんか。

「食い倒れの街」大阪の代表的なグルメを簡単に紹介!

食い倒れの街と称される大阪の魅力は、食べ物がとても美味しいことですよね。大阪の食へのこだわりはとても強く、グルメな人を唸らせるほどです。そこで他の地域ではなかなかお目にかかれない大阪の代表的なグルメを、いくつか紹介していきます。

大阪なら定番の組み合わせ!お好み焼き定食

関東の人からすれば想像もつかない炭水化物豊富な料理として有名なのが、大阪のお好み焼き定食ですよね。お好み焼き定食は、お好み焼きをおかずにしてご飯を食べます。

そんな組み合わせで果たして美味しいのかと思ってしまうところですが、ソースの味がご飯と絶妙にマッチし、とても美味しいと感じられるのですから不思議です。

焼きそばをおかずにご飯を食べる人もいますが、感覚的にはそれと同じようなものなのかもしれませんね。

大阪にはメニューにお好み焼き定食があるお店も多く、注文すれば目の前にある鉄板でお好み焼きを焼いてくれます。出来立てのお好み焼きをすぐ食べられますし、ご飯と合わせればその濃厚な味を十分堪能できます。

 

ソースの二度漬け禁止がメジャー化した串カツ

大阪を代表するグルメとして忘れてはいけないのが、なんといっても串カツですよね。串カツはソースの二度漬け禁止というルールが全国にまで轟いており、串カツといえば大阪が即座に思い浮かぶ人は多いでしょう。

この串カツの魅力は、ただ単に美味しいだけではなく、さまざまなラインナップがある点です。串に刺していれば何でもOKとばかりに、肉、魚、野菜と食材の種類を問わない串カツが、大阪ではお目にかかれます。

そのため、串カツ屋に行ったら何を注文するのか選ぶ楽しさがあり、そこもまた串カツの良さになっています。また、昔ながらの串カツ屋に屋台と、情緒ある雰囲気の中食べられるというのも串カツを食べる良さです。

 

大阪といえばやっぱりたこ焼き

大阪ほどたこ焼き激戦区のエリアが他にあるでしょうか?そのぐらい大阪のグルメといえばたこ焼きが有名ですよね。USJのすぐそばにあるユニバーサル・シティウォーク大阪には、大阪たこ焼きミュージアムがあります。

名だたるたこ焼き屋が集結していますので、大阪旅行をした際はぜひ訪れておきたい場所です。大阪のたこ焼きについて、深く知ることができるでしょう。大阪に行ってグルメを楽しむなら、まずたこ焼きは外せないですよね。

 

大阪は食の宝庫

大阪はいろいろな美味しい食べ物がある食の宝庫です。大阪のどこに行ってもグルメを唸らせるような食べ物が食べられますので、

食べることが好きな人には楽しい街です。お好み焼き定食、串カツ、たこ焼きは大阪グルメの代表的な食べ物ですので、大阪を訪れた際はぜひとも食べておきたいですね。

プールと温泉が一度に楽しめる施設!「スパワールド 世界の大温泉」に行こう

大阪にある「スパワールド 世界の大温泉」は、とても楽しい施設です。

ここではプールと温泉が一度に楽しめる施設です。子供から大人まで楽しめる人気施設で、プールで遊んだ後にゆっくり温泉を楽しむのがオススメな楽しみ方だと思いました。

「スパワールド 世界の大温泉」には様々なプールが用意されている

プールは様々な種類のプールがあり、子供用のプールや大人用のプールもあります。お金を払えば少しスリルのあるプールも楽しめるので、軽く遊園地のアトラクションに乗っているような気分にもなれます。

また、水着で入れる温泉もあるので、男女一緒に楽しめるのがオススメです。カップルできてる方や、ファミリーの方にも安心して利用できます。

 

世界旅行に行った気分で温泉が楽しめる

プールで一通り遊んだ後は、温泉でゆっくり体を癒すのがお勧めです。世界の大温泉という名前がついてるぐらいですので、温泉に入りながら世界中を旅行している気分で温泉を楽しんでもらいたいです。

温泉は主に、ヨーロッパゾーンとアジアゾーンの2種類あります。毎月男女入れ替え制で、ヨーロッパゾーンとアジアゾーンが交互に楽しめるので、一度来られた方も次回は別のゾーンに入りたいと思い、リピーターが多いのも事実です。

私はヨーロッパゾーンに入りましたが館内に入った途端、とても驚きました。

なんて広いんだと思うほど館内はとても広くて美しい温泉でした。またお風呂の種類がとても多いので初めて来た方はとてもびっくりすると思います。

ヨーロッパゾーンでは、青の洞窟を意識したお風呂があり、洞窟の中に入るととても薄暗く、青く光ったきれいな洞窟温泉でした。この空間にいるだけでとても癒されると思うので、ぜひ入ってもらいたい温泉です。

ヨーロッパを意識した施設の温泉がたくさんあり、今まで入ってきた日本の温泉とは少し違う雰囲気なのでとても楽しめる施設です。

ヨーロッパゾーンが気に入ったので、別の月にアジアゾーンにも行きましたが、こちらのゾーンには日本らしいお風呂がありとても落ち着きました。

その他にもアジアのお風呂を意識したお風呂がたくさんあり、少し摩訶不思議な気分になりました。私が入浴した時はハバネロの温泉があり、一瞬にして体が熱くなったのでとても驚きました。インパクトが多いお風呂が多かった気がします。

 

「子供連れ」や「温泉好き」にはオススメの場所

ここの施設は日帰りでも楽しめますが、宿泊もできるホテルになっているので関西に観光に来た時は、ここに宿泊してもとても楽しいと思います。

駅からのアクセスもとても良いので、地元の人でも観光客でも楽しめる施設です。温泉が大好きな人は一度入浴してもらいたいです。

プールも温泉も楽しめるのでとてもお勧めです。

大阪でいつでも楽しめるサービス精神旺盛の劇場「なんばグランド花月」はおすすめです。

大阪といえば、すぐに浮かんでくるのはお笑いの街です。一般の人がしゃべっている姿を見ても面白いとよく言われます。実際、私自身が大学生の時、京都の大学に通っていました。

すると、私と大阪出身の友達同士でしゃべっているのを見ていた他県出身の友達が「なんで、普通にしゃべることができないの?」と真剣に聞くのです。「どういう意味か」と尋ねると「だって、二人で漫才してるみたい。どうでもいい話ばっかりしてる。面白いけどね。」と言うのです。

私たちは別に普通にしゃべっているのに、他府県の人から見れば漫才に聞こえるんだとびっくりしました。と、話はずれてしまいましたが、そんな大阪にきたら絶対に来てみてほしいのは「なんばグランド花月」です。

なんばグランド花月のアクセス方法

全国に名だたる芸人を送り出している吉本興業の本拠地ともいえる場所です。

場所はどこからでもアクセスしやすい「難波駅」から歩いて数分です。難波駅にアクセスしている電車はJR,南海本線、近鉄、阪神電鉄、そして、地下鉄御堂筋線とたくさんあります。

 

「なんばグランド花月」はただ見るだけでなく、芸人と直接触れ合える

なんばグランド花月の特徴はといいますと、ただの見るだけの劇場ではないということです。全国各地にいろいろな劇場がありますが、さすが吉本興業だけあって、来る人に損はさせません。

漫才や新喜劇など見て楽しむのは当たり前です。どこの劇場でもやっていることです。まず劇場へ到着するやいなや、かわいく個性的な芸人キャラが外にも中にもいっぱい!です。

あぁ、それは○○さん、あそこには××サン。劇場に入る瞬間から気持ちを高めてくれます。一緒に記念撮影をして劇場に来た思い出にしてください!

また、本物の芸人さんと撮影したい人は吉本新喜劇の座長さんとARで撮影してください。もちろん、撮影した写真はQRコードにてダウンロードできますよ。

そして、生身の芸人さんに会いたい人は一日支配人さんのスケジュールを見てください。日替わりで芸人さん達が皆さんのお出迎えをしてくれます。

 

吉本の歴史やショッピングなど色々と楽しめる

さらに、年配の方には吉本の歴史を楽しんでいただくコーナーもあります。吉本の歴史資料を展示してあるコーナーでは昔の芸人さんなどの写真や衣装などなど数多くのものがあります。

きっとタイムスリップしたような気分になるはずです。そのうえ、グランド花月のビル内にはたくさんのショップがあります。お土産を買ったり、食事をしたり楽しめるのです。

公演チケットを提示すれば割引サービスを受けることもできます。公演を楽しんで大笑いし、買い物を楽しんでお得にお土産を買えるなんて素敵な場所だと思いませんか?

最後に一つ、天候に左右されることが無いのも大きなポイントですよ。大阪に来るなら、ぜひ足を運ぶべきだと私は思います。